依頼者からの借金体験記

青空と債務整理

2章

「いやー、実に残念! 個人再生でいけると思ってました」

シン・イストワール法律事務所の小宮山司法書士は本当に残念そうに私に言った。それもそのはず、つい2週間前に、私がお願いしていた個人再生の件について今月4月中に裁判所の決定が下るはずという電話を、担当事務の山辺さんからもらったばかりだった。その3日後に自体は変わった。私の給与がまたも6万円ダウンすることになった。この7年間で3度目のダウンで、給与は手取りでとうとう21万円になった。すでに1円単位まで切り詰めた生活を送っていたので、家計に余裕はなく、「個人再生(個人民事再生)」の条件である「住宅ローンを払いながら3年間で毎月5〜6万円の弁済」は不可能になった。

「たとえばこのまま個人再生をして、弁済を3年から5年にのばして、月々3万円払いっていうのはどうですか」
「今後も給与が下がるかも知れませんし、5年の弁済期間が過ぎた後の住宅ローンを支払う自信がなくなりました。自己破産の方向でお願いします」
「わかりました、いやー、ほんとに残念」小宮山司法書士はまた言った。背後のガラス窓が春の雨で濡れている。

「で、今後のことですが、山岡さんの家にいま財産はどれだけありますか」
「ローン残高がいっぱいある分譲マンションがあるだけです。車も古いし、貴金属もないし、なにもないです」
「預金は?」
「ありません」
「奥さんは?」
「ないと思います」
「預金を含めて財産が50万円以上あると、裁判所の判断が微妙になるんです。いまのところは、住宅はオーバーローンなので同時廃止になると思いますが、50万円以上となると、裁判所個々の判断によって管財人をたてるとかの問題が出てきます。で、いま、山岡さんから積立てで預かっている金が55万円ほど。自己破産の司法書士費用が23万円ちょっと、裁判所の印紙代1万4千円くらい、それを引くと約30万円を山岡さんに返すことになります。あと消費者金融の過払い分が4万円。それだけで、約34万円。だから、厳密に、いま山岡さんのところには、14、5万円しかないのが望ましいのですが・・・」
「でも、マンションの競売となったら、引越さなきゃいけないし、引越し費用とかもいるので・・・」
「そうだ、その34万円を引越に使いましょう」
「それで自己破産の申し立てから免責まではどのくらいかかるんですか?」
「3、4か月くらいかな。で、その申し立てをいつするかなんですが、積み立てから引越し費用を使ってもらって、先に引越したほうがスムーズかな。5月中に引越せば6月に申し立て、6月なら7月の申し立てというふうに、引越しを待って申し立てた方が、預貯金が確実に50万円以下になるし、管財人も必要ないと思うから、その後の裁判が早く進行できると思いますよ」
「わかりました。妻と相談しますけど、なるべく早く引越すようにします」
「自己破産というのは、自分から申し立てるような仕組みになっていますが、一度、個人再生計画が向こうになり、山岡さんはいっ時もとの一千万円の債務を抱えることになります。債権者が『払え!』と異義を申し立ててくるので、その時点で、払えないから『破産』という申し立てになるのです。その自己破産と競売を決めたのだから住宅ローンはもう払わないでください。引き落とされないように、その通帳を解約するか、残高をゼロにしてください」
「管理費は? 駐車場、修繕費とかは?」
「それは、いる限り、とりあえず払っておいたほうがいいかな」
「あと家のテレビの具合が悪くて、妻が買い替えたいって言ってるんですが」
「申し立てが終わるまで待ってたほうがいいですね。自己破産する人間が、新しいテレビを買ったら、裁判所の印象を悪くしますからね。質素にしていたほうがいいでしょう」
「あと私立高にいってる娘の学費というのも贅沢な費用に入るんですか」
「学費ね、学費、学費。たぶん大丈夫でしょう。それは」
「今後、用意するものは何ですか」
「その時に詳細を連絡しますが、申し立て時に必要なのは、3か月分の家計表、山岡さんと奥さんと娘さんの貯金通帳。あと個人再生の時にももらいましたが、あらためて住民票、収入証明など最新のもの。あとほかにいくつか。家計調査票は6月に申し立てなら3月、4月、5月分です」
「わかりました。妻が家計簿をつけているので家計調査票の提出は問題ないと思います」
 こうして、私のまったく急な自己破産の依頼は終わった。
「シン・イストワール法律事務所」のあるビルを出ると、私は、空を見あげた。暗い雲から雨が落ちていた。

 春なのに、どんよりだ。

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