依頼者からの借金体験記

任意整理が救った多重債務地獄

第4章

パート先にまで催促の電話が・・・

返しても返しても残高は減らず、ついには返済日に返せるのが1社となり、その他の4つの業者には遅れて払うしかありません。でも、返済が3日も遅れれば、催促の電話が家にかかってくるようになり、主人が帰って来ると、催促の電話が来ないかといつもハラハラして生活をしていました。“借金地獄”とはまさにこのことだと痛感しました。
返済日が過ぎても、次の給料日までは臨時収入などの当てはありません。それでも、最初の頃は、催促の連絡が来るたびに、「来週の月曜日には」とか「次の給料日には」などとごまかしていました。しかし、貸金業者もそんなに大人しくは対応してくれません。
「今度の給料日なんて先が長すぎません?もっと早くなんない?」
電話口の声は、どなりはしないものの、ドスのきいた低い声でそう言われ、私は思わず「では、3日後に・・・」と答えていました。しかし、そうは答えてみたものの、借り入れをしている5社はすでに限度枠いっぱいまで借りています。新たに借り入れをする枠はもうありませんでしたが、貸金業者以外に借りる当てなどないのです。

どうやりくりしても追い付かず、約束をした3日後に返済することはできませんでした。そうなると、督促の電話はパート先までかかって来るようになったのです。家にいても仕事先でもハラハラして過ごす日々。返済日が近づくと鬱状態になっていました。それでも、どうにか返済ができると少しの間だけホッとしたのもつかの間、また別会社の返済日がやって来ると鬱状態になる・・・の繰り返しでした。
そんな状況のときに、車の頭金20万円をやりくりするなど到底できる訳もありません。それでも何とかしなくてはと思い、借りている消費者金融へ直接電話をし、限度額は越えているがどうしてもお金が必要なので、7月のボーナスまで何とか20万円だけ貸して欲しいと懇願しました。もちろん、結果はわかりきっています。
「お客様の事情は察しますが、こちらも商売ですので、現在の返済も遅れることが多い方にお貸しする訳にはいかないんです」と丁寧な担当者の言葉が、私を嘲笑っているように聞こえました。途方に暮れた私は、当てもなく街をさまよい、あのフリーペーパーを手にしたのです。

「返済が余計に苦しくなりますよ」

コンクリートの壁に、ポツリとある小さくて無機質な鉄の扉。腰をかがめなければ入れないほど小さく低い位置に、その扉はありました。インターホンもなく、扉をノックしても聞こえないようです。この頃は携帯電話も解約をしていたので、私は仕方なく、いったん外に出て公衆電話を探し、担当者から教えてもらった直通電話をダイヤルしました。
「あのぉ、今、ビルの4階に来ているんですけど、壁に小さなドアがあるだけなんですが、ここでいいんですか?」
担当者は、「お待ちしていました。そのまま中に入って来て下さい」と事務的に答えました。私は恐る恐る、その鉄の扉を空けて入って行きました。すると、担当者から1組の机と椅子だけが置かれた小さな部屋に案内され、「ここに必要事項を記入してください」と促され、机の上に置いてある紙に記入をしていきました。そこには、住所や氏名、職業や主人の勤務先、どこの消費者金融にいくら借り入れをしているか?などの情報を書き込むようになっていました。

記入が終わった頃、担当者が来て借金をした理由や返済状況などを聞かれました。私は質問に答えているうちに、「なんで、借金なんかしちゃったんだろう」と自分が情けなくなり、自然と涙がポロポロとこぼれていました。一通りの質問が終わると、担当者はサラ金のシステムについて説明をしてくれました。そして、こうも付け加えました。
「こういうところで借りると金利が高いですから、返済が余計に苦しくなりますよ」
念を押す担当者の言葉でした。私はこの言葉に、「やはり来るべきではなかった」と思い、借入を断り記入した書類を返却してもらうと、慌てて事務所から立ち去ったのです。

サラ金からの借り入れを断ったものの、私は20万円の当てを完全に失い茫然としてその場に立ち尽くしました。どのくらいの時間が経ったでしょうか。気を取り直し、とりあえずコーヒーでも飲んで金策を考えなくては!と思い、目の前にあったカフェに入ったのです。そこでふと手にした女性雑誌に、「ひとりで悩まないで」というようなフレーズの文字が書かれ、司法書士事務所の広告を見ました。そこには、はじめて見る「債務整理」という言葉。私は「ここへ行けば何とかなるかもしれない」と直感的に思い、広告に書かれている「ジャパンネット法律事務所」を訪ねました。

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