依頼者からの借金体験記

債務整理の甘いワナ

法の外での戦い

 一ヶ月後、わたしは東京を訪れていました。シン・イストワール法律事務所との打ち合わせのためです。
 取立屋が自宅に来たあの日、わたしはシン・イストワール法律事務所に電話しました。電話がつながるや、すぐにシン・イストワール法律事務所の担当者の耳にも、取立屋の怒声が聞こえたらしく、担当者は即座に、電話を取立屋に替わるようわたしに告げ、そうしてその場で取立の停止を申請してくれたのです。
 担当者によると、このような緊急事態は時折あると言うことでした。
「大事にならずに何よりでした。介入通知は後ほどお送りします」
 恐縮するこちらをむしろ慮るような口調でそう担当者は言いました。
正式な依頼について尋ねると「ご依頼くださるならば、着手は翌日すぐ。正式な手続きは金銭面や時間など、一段落ついて、東京に出てこられるようになったら」と言うかたちにしてくれました。
 妻を支えて布団に寝かしつけ、一息つくと、わたしは考えました。急なことで気が動転しましたが、わたしが依頼したこの法務事務所はどんなところなのだろう。確かにとても親切だった。けれど、一度正式に依頼をすると、また法外な料金を請求されるかもしれない。
そこでわたしは、法務事務所に正式に委任する前に、まず大野さんに連絡を入れてみたのです。
「だいじょうぶです。シン・イストワール法律事務所さんは信頼できますよ」
即答でした。話によると、実は大野さん自身、かつて身内の件でシン・イストワール法律事務所に助けてもらったことがあるそうです。いわく、この法務事務所は債務整理に特化した司法書士事務所の中でも、その先駆けとなった老舗の一つで、相当に困難な借金問題にも対処できるとのこと。そのため、大野さんとしては、わたしにもし何かあった場合の保険として、事前に連絡先を教えておいたのだと言うことでした。
「うちの息子が多重債務になったときと、状況がよく似ていたからね。このままでは終わらないだろうと思ったんですよ。教えておいて正解でした」
そう和やかな口調で話す大野さんに、わたしは頭が上がらない思いでした。

 このような経緯を経て、わたしはシン・イストワール法律事務所に債務整理を委任することに決めたのでした。
シン・イストワール法律事務所の担当者は、わたしの現状を踏まえた上で「任意整理の見直し」と言うものを提案してきました。要は支払いが不可能なため、返済額をもう一度交渉しなおすと言うものです。
 気がかりなのは費用です。手持ちがないことや、A弁護士事務所の件もあって、費用についてはかなり神経質に尋ねました。その結果、任意整理の見直しを糸口に、過払い金の返還請求から費用を捻出すれば懐を痛めないで済むことがわかったのです。それどころか、過払い金からA弁護士事務所のローンも併せて残債すべてを一括で返済できることが判明したのでした。
打ち合わせの料金もA法律事務所のように高額を取られるだろうと身構えていましたが、シン・イストワール法律事務所の担当者から「無料です」と当たり前のように言われ、わたしは喜ぶよりも、むしろ拍子抜けした気持ちになりました。
 なぜ、同じ債務整理なのにこれほど差が出るのだろう。やはりA弁護士事務所はお金を巻き上げるつもりでわたしを騙したのだろうか。そう担当者の方に尋ねたところ、担当者は少し考えた後にこう応じました。
「詳細は分かりませんが、A弁護士さんは一生懸命やってくださった。そう思った方がよいかと思います。けれど、任意整理において債務の圧縮があまり行われていない現状を見るに、その弁護士さんは任意整理に関して、突き詰めた交渉ができなかったのかもしれませんね」
 担当者の言葉によると、任意整理は、債務者の代理人と債権者とがマンツーマンで交渉をするもの。しかしその交渉には法的な規制が存在しません。そのため、スキルの低い代理人が債権者と交渉すると、債権者側は即座に足元を見透かして突っぱねてくることが多いのです。なぜなら、返済できないの一点張りで債権者を無理に押し切ろうとすれば、今度は訴訟にまで発展してしまい、任意整理としては失敗するためです。
「代理人にとっては、交渉が失敗しては意味がない。だからスキルの低い代理人では、債務者に形だけでも成果を示すため、最終的には債権者側にとって都合のいい和解に応じてしまう。法の外の世界と交渉するわけですから、経験とスキルがすべてなのです」
 思わずわたしは唸りました。法の拘束力の及ばないところで、まさかそのようなし烈な駆け引きが行われているとは思いもよりませんでした。
 ともあれ、そんな話を交えつつ、わたしは任意整理の見直し方法と再建プランを担当者と打ち合わせ、最後に手続きのためのサインを終えたのでした。
 

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