依頼者からの借金体験記

債務整理の甘いワナ

破産、そして...

“新年明けましておめでとうございます。
  昨年は大変なご苦労をされたようですね。
  どうぞ、本年は幸多き年でありますように”

 大野さんから届いた年賀状を、わたしは感慨もなく見つめていました。
年賀状の末尾には「もし本当にお困りのときは、こちらに相談してみてください」との文言とともに司法書士事務所の住所と連絡先が記されていました。しかし、このときのわたしにとって、債務整理は恨みこそすれ、感謝できるものではなかったのです。

A法律事務所に任意整理を委任してから4ヶ月後、結局、わたしは会社を閉めました。A法律事務所のローンが上乗せされた分、どうしても生活費が足りなくなったためです。さらに少しでも現金を手にするために家財も引き払い、そうして自分たちは妻の実家がある、岐阜県の関市と言うところに引っ越しました。そこで長年借り手のいない格安の物件を義父に紹介してもらうことで、ようやく生活を再開しはじめたのです。
 しかし、これで全てが終わったわけではありませんでした。任意整理の残債と大野さんが保証人となっている消費者金融のローン、そしてA法律事務所のローン。これらの債務が併せて490万円。この返済のため、妻はパートと実家の農作業の手伝い。わたしは、昼間はコンビニ、それに加えて週に二回の夜間警備で働くことで、何とかその日をやり過ごす生活を続けていたのでした。
 ところが、こんな生活ですら長く続かなかったのです。

「支払督促状、届きましたよね? A法律事務所へのローンを滞納している件ですけど、あなた、きちんと支払わないと資産をすべて差し押さえますよ?」
取立屋からの電話でした。このときは慣れない農作業をしたためか、妻が腰を痛めて寝込んでしまい、医療費が発生したため、ローンを払えなかったのです。健康保険料が払えないため、かなりの出費を伴いました。
 それから数日後、取立屋が家にやってきました。相手が分かっていたならば会うつもりはありませんでしたが、このときはドアを開けた途端、靴先を扉の間にねじこまれ、強制的に玄関に入ってこられたのです。
取立屋からの督促をわたしははっきりと断りました。今のわたしに法律事務所への返済ができる余裕はない。そう告げると、取立屋は「だったら、他の債務整理よりもこっちへの返済を優先すればいいだろう!」ときつい口調で迫ってきました。
「他は払ってうちは払えない。つまりはそう言うことだろう。それならあんたのとこ、給与を差し押さえるから」
 給与を差し押さえられると保証人である大野さんへ請求が行ってしまいます。思わず口ごもったわたしを見て、これをチャンスと感じたのか、やにわに取立屋は耳を押さえたくなるほどの大声で支払いを求めてきたのです。信じられないような豹変ぶりでした。
 そのあまりの怒声に、腰を痛めている妻が壁に手を突きながら現れました。やめてくださいと叫んで仲裁に入る妻に対し、しかし取立屋は、今度は妻の額に顔をぶつけんばかりに睨みつけ、支払わないお前たちが悪いのだと怒鳴り出したのです。
 わたしは奥歯を噛みました。仕方がない。とにかくこの場を納めるべく、今回は他の支払いを滞納し、A法律事務所の滞納金を支払うしかない。
しかしそれはあまりにも不義理と言うものです。もう二度と大野さんに顔向けできないな、と思ったそのときでした。ふと、大野さんの年始の挨拶が脳裏をよぎったのは。
 “もし本当にお困りのときは、こちらに相談してみてください”
 わたしは身を翻して部屋の奥に飛び込みました。そして机から年賀状を取り出すと、そこに書いてある司法書士事務所の連絡先を、携帯電話のダイヤルに打ち込んだのです。

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