債務整理コラム

夜逃げをすると人生の再建が図れなくなる 〜田中さんのケース 2〜

田中さんのケース 4 労働と身分証明

次の日、軽作業のアルバイト先に電話をかけた田中さんは、まずは歩いてゆける近場の派遣会社に直接趣きました。派遣会社の事務所に入ると、受け付けスペースの近くに幾つかベンチが並んでおり、そこには学生や主婦、また田中さんと似たような雰囲気の人たちが座っています。

「あの、初めてなんですけど」と田中さんが受け付けに告げます。すると受け付けの若い女性はこちらの顔を見ることなく、片手で記入用紙を差し出しました。住所・氏名・連絡先だけが書かれた簡単な用紙です。

住所は愛媛の実家のすぐ近く。名前は山田一郎。連絡先だけは正確に記入した山田さん。そうして記入用紙を受け付けに渡します。すると女性は一瞬だけチラリと山田さんの顔を見て「運転免許かパスポートなど、身分証明はありますか」と問うてきました。

しくじった。苦い思いを抱えながら田中さんは「今日は何も持ってきていないんですよ」とだけ告げ、その場を後にしました。

田中さんのケース 5 最初の仕事

二件目、三件目と派遣会社を渡り歩いた田中さん。ついに四件目で偽装した登録内容で軽作業ができるところを見つけました。

「それでは、明日は朝五時、大井ふ頭のマルサワ倉庫に行ってください」

淡々と告げる事務員。しかし田中さんは内心でちょっと渋い顔をしました。電車代がかかるためです。

「もう少し近いところはありませんかね」

「ないです。止めますか?」

にべもない態度でそう応じた事務員に、田中さんは不承不承その案件を受け入れざるを得ませんでした。

手持ちのお金は3千円。まんが喫茶にはあと一泊しかできません。働いて得られるお金は電車代を抜くと、一日で4千円と少しです。そう考えると電車代はどうにも惜しい。田中さんはまんが喫茶を引き払い、その足でとぼとぼと大井ふ頭へと向かいました。その日は野宿です。

田中さんのケース 6 次なる計画

もう三時間は働いただろう。そう思って時計を見上げるとまだ十五分しか過ぎてない。ひたすらに荷物を運び、掃除をさせられる田中さん。大井ふ頭まで3時間歩き、公園のベンチで仮眠を取っただけの身体に、単純作業の繰り返しは思いのほか堪えました。

「おつかれさまでした」とスタッフから声をかけられ、解散をしたときにはもう気絶寸前です。しかしお金を受け取るには、今度はまた繁華街の事務所まで戻らなければなりません。さすがに動けず、電車を使おうかと思案していたところ、スタッフが田中さんに声をかけてきました。

「明日もこの場所でやるんですけど、いかがですか」

その言葉に田中さんは2つ返事で承諾しました。

結局、もう一日を公園のベンチで過ごすことにした田中さんですが、実はそれにはわけがあります。田中さんは5万円を貯めることで、次のステップへと夜逃げ生活を変える計画を持っていたのです。

田中さんのケース 7 愛しの我が家

こうして数日に一度、繁華街に戻ってそれまでの報酬を受け取り、なるべく野宿でお金を貯めた田中さん。二週間という長い時間の末、彼はついに5万円を貯めました。

そのお金を握りしめ、田中さんが向かった先。それはドヤ街です。ドヤ街には身分証明不要、五万円の先払いで一ヶ月、電気・水道が自由。共有の風呂もある3畳ほどの部屋が借りられるのでした。

ついに生活の場を手に入れた田中さん。これまでの苦労を振り返り、缶ビールを一本買ってきて一人で乾杯したのです。久しぶりのアルコールに早くも酔が回った田中さんは、ふらりと表に出て公衆電話を探すと、郷里の実家に電話をかけました。

「あ、母ちゃん。うん、久しぶりに声が聞きたくてさ。宏美も元気?」

父母や妹の声を聞き、思わずほろりとした気分でその夜、田中さんは床に就きました。

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