債務整理コラム

借金問題で混乱したときに−神は細部に宿る−

「神は細部に宿る」とは、ドイツの建築家、ミース・ファンデル・ローエが述べた箴言です。仔細はともかく大まかな主旨としてこの言葉は、彫刻などの細部まできっちりと作品を仕上げることに建築の本質はあると言ったところに落ち着くようです。

箴言で述べられた「細部」とは必ずしも物質的なものとは限りません。例えばある建築物を建てるとします。大きく太い柱を幾つか立てた後、次に大きな窓を幾つも壁面や天井に設えたとしましょう。そこに太陽が昇ってきます。想像してみてください。陽光が建物内に燦燦(さんさん)と降り注ぐ様子が目に浮かびませんでしょうか。建築物がしっかりとしているほどに空間が立ち上がってくるのです。

柱や屋根、窓や壁と言った物理的なものをしっかりと拵えると、それによって空間と言う、物理よりも一つ上の概念が際立ってきます。

もっとダイナミックにこの「細部」を捉える方法もあります。自分が小さくなったところを想像してみましょう。あなたの身長が1メートル70センチだったと過程して、それをもっともっと縮小するのです。10センチ? 1センチ? いえいえ、もっともっと、1ミクロンよりもさらに小さく、分子の世界、原子の世界にまで自分の身体が小さく縮んだところを想像してみてください。

一見すると何もないように見えるこの空間には空気の成分が充満しています。空気は原子の集まりです。今この文章を読んでおられる方の目前にあるだろうモニタは、モニタの元になる炭素などの原子がぎゅっと凝縮したものです。このような世界の中を「人間」たちが行き交っています。「人間」も原子の集まりです。この原子が集まって複雑に組み合わせられると「人間」と言う物質になり、「人間」と言う集合体は次いで個々に「意識」を持ちます。意識は目には見えず、手にも触れられません。原子が組み合わさって人となれば「人」は意識を持ちますが、持っている意識が物理的に存在するわけではありません。
さらに「意識」と「意識」が結び合わさることで今度は「文化」が生まれます。「文化」とは人がそうであるように「意識」が複雑に結び合わさって生まれる高度な概念なのです。ここまで述べると「神は細部に宿る」の真意がおぼろげながらも見え隠れしてくるはずです。

さて、金融の世界においても、この「細部」は存在します。たとえば一万年前、海で魚を獲っていた人がいるとしましょう。彼は自分や、また自分の養っている家族がその日食べる分より多く魚を獲った場合、山あいの村まででかけ、ダイコンやニンジンと獲った魚とを交換していました。ただし、それを繰り返すのはなかなか大変です。野菜が不作のときもあれば、魚が不漁のときもあります。でも野菜がどうしても食べたいときだってあるでしょう。そのため、やがて交換の目印となる貨幣が生まれたのです。そうして、この貨幣を預かることで今度は銀行のようなものが生まれます。実際に存在する以上の貨幣を降りだすことで信用取引と言うものが生まれることになったのです。

「信用」は「文化」に似ているものです。目には見えません。手にも触れません。味もなければ色もありません。その人の日々の行いや振る舞いによって左右される概念的なものです。概念的な信用によって、概念的な紙切れである紙幣が貸し出されます。そして借金の返済ができないと言うことは、この「概念」の世界が崩れてきたことを意味しているのです。

債務整理はこの物質の塊である「生物」の世界と、そこから生まれた「意識」の集合体である「文化・経済」との間を調整する役割を担っています。当たり前ですが、借金が返せなくなることで幾ら働いても金利ばかりがかさんでゆき、もし一円でもお金を稼げばたちまち借金取りに毟り取られる世界では人は生きてゆくことはできません。逆に「こんな世界は嫌だ」とばかりに無人島に逃げ出し、動物の毛皮を着て洞窟に暮らすのは、人間と言うよりはやはり獣に近い生活となってしまいます。

このような事態に陥らないために存在しているのが債務整理なのです。債務整理はこの「文化・経済」と「物理・生物」の間をうまく取り持ちます。例えば任意整理であれば、これまでの仕事はそのままに、借金の返済ができ、しかも債務者が人として、また日本人として文化的な生活が維持できるよう、調整できる役目を担っています。

借金によって「もう生きていけない」と思っている方は、まずはそこまでして「今」を維持したいのかよく考えてみてください。たとえばキャバクラやギャンブル漬けの生活が「文化的」な生活で、何よりも維持しなければならないものなのでしょうか。それはそこまでして守る価値のある「借金」なのでしょうか。それよりはむしろ、債務整理を通じて一度生活のための「柱」を見直し、それをしっかりと建てなおすことの方が大事なはず。債務整理を行うことは、文化と物理の間を調整して、今までよりもずっと快適で暮らしやすい生活空間・文化空間を再構築できるものでもあるのです。

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