債務整理コラム

疾風勁草

お金でお悩みですね。金銭の問題は真心や誠意ではどうにもなりません。文字通り「現実を突きつけられる」事態なのです。金銭で問題が生じた際、多くの人はお金を貸してくれるところへと足を運ぶことになります。この場所が消費者金融であれば債務となります。二度目の消費者金融ならば多重債務となります。多重債務が行き詰った場合には、人に借金を願い出ることもあるかもしれません。

家族・友人・知人などから借金をしている人は意外と多いものです。金額の多寡を除けば消費者金融からの借入数よりもずっと多いことでしょう。消費者金融と家族・友人・知人から同時に借金をしていた場合、ほとんどの債務者は消費者金融への返済を優先させます。これは「家族や友人ならばまだ待ってくれるだろう」との思惑が無意識のうちに働くためです。

しかしこれは大きな間違いだと断言します。サラ金と家族や友人を比較したのであれば、サラ金などは後回し。周囲の人々への返済を優先させるべきです。なぜならそれは「信頼」の問題だからです。

「信用」と「信頼」は違います。「信用」はサラ金が述べる言葉です。消費者金融における信用とは、要するに「この債務者は借りた金を返済できるか」です。そこには一片の同情の余地もありません。もちろん、返済時に債務者から「今は○○円しかありません」と言われ、また実際に取立屋が債務者の身辺を根掘り葉掘り訊いたり調べたりした結果、本当にそれだけしかお金がないのであれば、場合によってはある程度妥協してくれる可能性もあるでしょう。もしくは今回の返済としてそのお金を受け取り、残債はまた来月と言うかたちになることもあります。残債が溜まり、いよいよ返済ができなくなったのであれば、サラ金は債務者に日雇いの現場やら水商売を「個人的」かつ「善意をもって」アドバイスしてくることもあります。もちろん彼らはその紹介料を受取ることになるでしょう。

消費者金融の信用とはつまり「お金」のことです。翻ってみて家族・友人・知人との「信頼」はどうでしょう。彼らはサラ金の取立屋のような金融のプロフェッショナルではありません。しかし彼らにだって一般常識は十二分にあります。ことによれば債務者よりもあるかもしれません。そして彼らは個人的なつてを頼りにお金を借りに来た人に、お金があるとも思ってはいません。それでもお金を貸してくれたり、場合によっては連帯保証人にまでなってくれるのは、ひとえに債務者を「大切な人だ」と思っているためです。

このような人の善意をあてにして、消費者金融への返済を目的にお金を右から左へと流してしまい、後は知らぬ存ぜぬを決め込んだらどうなるでしょうか。彼らは敵に回ります。当たり前のことです。どこに逃げても今後の出世栄達は望めなくなり、世に出てきたのであれば即座に蹴落とされます。結婚式に呼ぶこともできませんし、お葬式すら出席してくれなくなるでしょう。のみならず、家族や子孫が残されたのであれば、死後においても「あの家の○○は借金を返さないで逃げた人の息子」と言う扱いになってしまいます。

これに対して消費者金融の取立は自分の問題に過ぎません。もっと言えば債務整理を行ってしまえばその取立すらも終わります。クレジットカードが五年使えなくなりますが、そんなものに大した意味はありません。百メートルも歩いてコンビニエンスストアで支払いを済ませれば良いだけの話です。今ではインターネットを用いての振込だってできます。

人の信用を説いた言葉に「疾風勁草」があります。これは後漢書は王覇伝の故事にちなみます。王覇は、戦乱を統一し、後漢王朝を立てた光武帝の忠臣。紀元元年前後、兵を挙げた光武帝(劉秀)に従った王覇は獅子奮迅の活躍ぶりを見せました。それにより軍は快進を続けますが、河北一帯の反乱の鎮圧に際し、状況は一変。見る間に軍は劣勢に追い込まれます。旗色が悪くなったと判断した将軍たちは裏切りと敗走を続け、ついに残る将軍は王覇一人となってしまいました。それを見た劉秀は「多くの人々が私に付き従ってきたが、ふと気づけば私の傍らにいる者はお前だけだった。嵐に遭うことで弱い草は飛ばされ、強い草だけが残る」と呟いたのです。その後、苦戦の末に反乱を鎮圧した劉秀は、その地を中心とした広大な一帯を王覇に与え、また王覇は生涯において忠臣として劉秀に尽くしたと言います。

疾風勁草とは、自分が困難に遭ったとき、周囲にいる人々が本当に大切な人かどうかが分かると言う意味です。債務者が借金を負っていることを周囲の人々はわかっています。その上でお金を貸してくれる理由。それは紛うことなき信頼を債務者に寄せているためです。これはかけがえのない価値だと断言できます。ならば、消費者金融よりも彼らへの返済は最優先にしなければなりません。

借金の整理は当所にお任せください。しかし、培った信頼を守りぬくは債務者ご自身が行わねばならないものなのです。

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