債務整理コラム

仕事の壁 お金の壁 1

お金に対してどのように考えておられるでしょうか。
生活のために必要なもの。物を買うためのもの。人生に潤いを与えるためのもの。自分の価値を定めるもの。お金に関しての意見は人それぞれです。

確かにお金がないと生活に困ります。多少は余力がないと美味しい物を食べたり、友達と遊んだり、デートをしたりすることもできません。あまりにも貧しい生活だと惨めな気持ちになることもあるでしょう。

でも、それらはお金そのものの意味とは別のところにあるものです。かぜ薬を飲めば種類によっては眠くなることもあります。お金の潤いとか、おいしいレストランとか、自分の価値づけとか、そういうのはかぜ薬の副作用と同じなのです。

借金を負ってどれほど苦しくても、何が起きても返済だけはしなければならない、と考える人がいます。とてもまじめなタイプの人です。しかし、そういう立派な人ほど借金によって人生の窮地に立たされる傾向があります。なぜか。仕事の意義を探すあまり、お金そのものをしっかり見つめないためです。

任意整理を行った債務者で、Aさんと言う人がいます。20代終盤の家電メーカーの社員です。彼は元々は中小企業の正社員でした。同時に彼は数年前、地方に住んでいる親御さんの事業が苦しいため、自分の名義で借金をこさえ、事業の運転資金として親御さんにそれを貸していました。もちろん借金をしたことは親御さんには秘密です。

借金をすると言うことは今後の返済のめどを立たせると言うことと同じです。また同時にAさん自身も自分の生活はしっかりと成り立たせなければなりません。このため、彼は返済計画もきっちりと立てた上で借金をこさえ、毎月のお給料やボーナスをうまくやりくりして月々の返済に充てていました。もちろん、お給料を貰うのですから会社の仕事もきちんとこなさねばなりません。ことにもし返済が行き詰まり、万が一にも消費者金融側から会社に督促の連絡が来るようなことがあっては一大事と言うような思いがAさんにはあったらしく、仕事に関しては今まで以上に注力していたため、上司からの呼び声も上々だったようです。

さてAさんの会社は長年にわたり、家電の販売をしていました。しかし、この不況の煽りを受けて大幅に売上が落ち込んでしまいました。この結果、会社を畳むかどうかと言う提案がちらほらと囁かれるようになってきたのです。

Aさんとしてはそんなことは到底認められません。彼自身は大した肩書きを持っていませんでしたが、それでもより一層会社に貢献して売上を伸ばし、場合によっては自分が再建しても良いと言うほどの心構えで日々の業務に臨みます。

しかし末端社員が一人いくらがんばったところでたかが知れています。ある日の朝礼で、社員たちが呼び出され、役員から「会社を解散するかどうか考えている。オーナーも了解済みだ。皆の意見も聞かせて欲しい」と言われました。

「会社の解散」は俗に言う倒産とは違います。しかし、上場企業でもなく、株式も持っていない中小企業の社員であれば、会社の解散も倒産も実質は同じこと。社員たちは激しく反発しました。とくに自分たちの給与はどうなるのかについて繰り返し質問をぶつけたのです。Aさんもそれは同じです。ことにAさんの場合、借金を負っている分真剣です。自分の今後や会社の再建のめど、経理に存在した不透明な部分や会社の問題点などを追求してゆきました。

結局、結論は出ないものの、会社側の解散の流れを打ち消すことは叶わず、Aさんはじめ、社員たちは重苦しい不安を内心に抱えたまま、その日はそれぞれの業務に戻ってゆきました。

それから数日が経つとAさんの部署にはある空気が蔓延してきたのです。強いて言えばそれは倦怠感と言えるものでした。目の前で電話が鳴っているにも関わらず、社員の誰も電話に出ようとはしません。たまに電話に出たかと思うとお客さんを相手に喧嘩腰も同然の投げやりな応対です。さらにある者は机に足を投げ出してボーっと天井を仰ぎ見ています。別の人はお酒を飲んだのか、昼食後、少し赤い顔で戻ってきました。ある者は携帯電話を耳に当てて新しい転職先はないかと大声で話をしています。

僅か数日前までピシっとした格好で仕事をしていた同僚たちのあまりの変わり様にAさんは愕然としました。まがりなりにもまだ会社の一社員であり、給与も一応は振り込まれているのです。このため、Aさんは自分だけはせめて周囲の澱んだ空気に呑まれることなく仕事を続けようと心に誓いました。

それから半月ほどした頃、Aさんは部長から一人別室に呼ばれました。部長いわく「会社を閉鎖することが決定した。給与はちゃんと出すのでぜひ残務整理をお願いしたい」と言うことだったのです。Aさんはついにこのときが来たかと衝撃を受ける傍らで「ああ、自分は信用されているのだな」と感じたようです。このため、さほど考えることもなく彼は部長の頼みを引き受けることにしました。

さらに一ヶ月半が経ちました。残務整理が終わって会社を閉鎖するにあたり、Aさんはがらんどうになった自分の部署を眺めていました。

並べられた事務デスクと事務椅子だけはそのままに、部屋には他に何もありません。部屋は夕日が差し込んでオレンジ色に染まり、まるでドラマのセットのようです。

「終わった? ご苦労さん。離職票とかは後で送るから、先にこれね」

そう言うと部長はスーツの内ポケットから茶封筒を取り出してAさんに手渡しました。部長いわく、このお給料は会社のお金ではなく、社長が自腹で出してくれたものだと言うことです。Aさんは一言二言部長と会話を交わし、さらに社長にお礼を述べるとそのまま家に帰りました。

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