債務整理コラム

「借金のピンチをチャンスに」その2

そうしてAさんは債務整理の相談に訪れました。Aさんは事前に自分なりに情報を収集し、現在の借金は懸命に働けば返済できない金額ではないと言う前提で任意整理を行うことにしたのです。その結果、金利をカットし、債務を圧縮した後、残債についてはパートを二つ掛け持ちして返済すると言う流れに行き着きました。

任意整理は借金の金利をなくし、さらに債務者が債務者なりに返済できる分のみを時間をかけて返済する債務整理です。このため、任意整理を行うとこれまでよりも格段に負担のない借金の返済が可能となります。ただし、その後5年間は新たな借金ができません。

Aさんはとても頭の良い人です。そのため、彼女は任意整理についての説明を受けた後、この5年間と言う期限を自分なりにしっかりと噛み締めて考えていたようです。 「5年間」と彼女は与えられた期限を反芻しました。「この期間に自分が変わらなければ、またやがて元の生活に逆戻りしてしまう。この期間は自分が大きく躍進するための、ステップアップの期間なのだ」そう彼女はこの時期を捉えたそうです。

そこで、Aさんは僅かばかりのお金を握りしめ、まずは資格の勉強をはじめることにしたのでした。 彼女は一人で自問自答していた間、自分が「お金」と言うものから漫然と顔を逸らし、お金について知ろうと言う努力をあまりにも欠いていた事実に気づきました。そのため、数ある資格の中でも彼女は「簿記」を選ぶことにしたのです。それも彼女が古本屋で安価で購入したものは「簿記一級」でした。

簿記は有名な資格ですが、一級はその知名度のわりにはあまり普及していません。なぜなら、簿記一級は税理士や会計士の勉強の通過点に位置づけするほどの難易度であり、安易に手を出してもなかなか受かるものではないためです。

ここからAさんの死にものぐるいの努力が始まりました。昼間はパート、夜は育児と家事を行い、またときに夜にも掛け持ちのパートを入れて借金の返済に宛てます。空いた僅かな時間や削った睡眠時間を利用して必死に勉強を行い、少しずつ知識を溜めてゆくことになりました。

その間、彼女いわく「髪はバサバサ。白髪も少し出てきましたが、もうほったらかしでした。人付き合いもほとんどなくなってしまい、服も適当なものを着回しと言った状況です。でも、その間は“おもしろかった”。今までの人生で一番充実して、何かに没頭できていたんです」

その話を聞いた私は内心で舌を巻きました。いかなる苦境にあれど、心に希望の灯火(ともしび)が宿っている人は強いものです。

そうして一年半後、満を持して迎えた資格試験。 その結果は残念ながら落第でした。Aさんとしてはさぞかし落胆したことでしょう。失意のどん底に叩き落され、すっかりしょげかえってしまったようです。

しかし捨てる神あれば拾う神あり。彼女の悪戦苦闘を知ってか知らずか、試験に落ちて程なくした頃、僅かな年金で生活していた元の旦那さんの義父が、彼女に仕事を紹介してくれたのです。それは小さな企業の経理の仕事でした。簿記一級を勉強していたAさんにとって小さな会社での経理などは難しいものではありません。また面接相手の経理者の方も、Aさんの真摯な人柄をすっかり気に入り、彼女はすぐに仕事に就く流れとなったのです。 この瞬間、すべてが変わりました。「成功」とは次第次第に変わってゆくものではありません。学校の受験のように、ある瞬間まで努力を続けると、急激に、一気にすべてが変わるものなのです。

こうして彼女は現在、とても穏やかな生活を送っています。子どものいじめもなくなり、また時間にゆとりを持てるようになったため、今度は改めてもう一度簿記の勉強に取り掛かる準備を始めているようです。

「借金が行き詰まったことや私のせいで子どもがいじめられたことなど、あの当時は地獄のように苦しかったです。何度も死んでしまいたいと思いました」とAさん。「でも、今振り返ればあの出来事があったからこそ、今こうして良い職場に恵まれ、これまでよりもずっと良い生活になることができたんだと思っています」

チャンスとはピンチと言う名の川を泳ぐ魚のようなものです。川面は緑色に濁り、けして心洗うような風体をなしてはいません。そのため、多くの人は借金に直面するとそこから顔を背け、何もせずにその場を去っていってしまいます。しかし、真正面から借金のような大ピンチに相対し、そこで自分なりに釣竿を振ってみると、ときにチャンスと言う名の思いがけない大物を釣り上げることができるのです。

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