債務整理コラム

グレーではないけれど・・・。「顔」の見えない新形態の金融システム

インターネットの普及によって様々なかたちで新しい金融が始まっています。大きな目で見ればネット証券やネット銀行、インターネットで審査可能な消費者金融なども挙げられるでしょう。これらの中にはまったく新しい借金の形態のものもあります。これは現在「ソーシャルレンディング」と呼ばれております。ソーシャルレンディングはFacebookやmixiのようないわゆるSNSと金融の中間に位置しており、企業が擁するウェブサイトを仲介に一個人の貸し手と借り手の意見が合った場合、融資をすると言う仕組みです。

このソーシャルレンディングと言う貸金業は昨年くらいに始まり、当初はさほど目立ちませんでしたが3月の東北大震災以降においてじわじわと知名度を広げてきております。

ソーシャルレンディングはいわゆる闇金のように違法ではなく、またかつての貸金業における金利のようにグレーゾーンでもありません。しかしながらそれがれっきとしたお金の貸し借りである事に間違いはなく、実際、ソーシャルレンディングを行なっている企業は貸金業者として財務局に登録されています。

きちんとした事業として成立しておりますため、当所はこの貸金業自体を非難したりはしません。ただし、借りる側は当然のこと、貸す側も個人である上、お互いに顔が見えない世界でのやりとりである点に危惧は抱いています。

この「顔が見えない」と言う問題点。それは必ずしもソーシャルレンディングに限らず、最近における貸金業には共通の問題と言えるでしょう。

情報社会である現代、「相手の顔が見えない」と言うのは何もお金の貸し手の顔ばかりとは限りません。お金を借りるにも関わらず、肝心のお金の流れそのものも見えなくなってしまうのです。例えば、現在借金を抱えているお客様は自分の手持ちのお金をしっかりとその「顔」を見てから支払っているでしょうか。仮に現在手持ちが十万円の人が現金でそのお金を持っている場合、いきなりその場で衝動的に五万・十万の買い物をする事は少ないはずです。しかしクレジットカードならば「来月ならばお金が入っているはずだから」と安易にお金を使ってしまいます。これはお金の「顔」が見えないためです。

このように大切な「顔」ですが、ただし、この「顔」が見えないと言う事そのものは別に目新しい問題ではなく、昔からそれとなく指摘されています。

例えば国家の存亡を左右するような自衛官の上級職に就く人々の教本の中には「大切な命令を下すときには必ず相手に会いにいかねばならない。もしそれが不可能ならばせめて電話をするべきである」と言った具体的な趣旨の文言があります。

これは例えば死地に赴いてもらうような理不尽な指令を下す場合、けして電報やメールで行なってはならないと言う事を示しています。なぜならそこには相手の顔が見えず、仮に電報が届いたとしても「こんな理不尽な命令がきけるものか」と、場合によっては命令を無視されてしまったりする危険性が生じるためです。しかし、無理な命令だと承知の上で、部下の人々に直接会って頼んでみた場合はどうでしょう。相手もその理不尽を分かった上でそれを呑んでくれる可能性も生じてくるはずです。

では、それをお金のやりとりに置き換えてみたらいかがでしょうか。借りる側としては頭を下げて誠意をもってお金を借りるよりは、どこの誰かも分からないATMからお金を引っ張ってきた方が楽に決まっています。ましてやそれがネット内での個人での貸し手となれば何をかいわんやと言うものです。返す気などもなかなか起きてこないはず。しかしそのせいでのほほんとしていると、ある日にわかに督促状が送られてきて自分が大変な金額の債務を負っている事に気付かされかねないのです。

そしてこの「顔が見えない」問題の代表格となるものがやはりクレジットカード。以前のコラムでもたびたび述べておりますが、債務整理を行なっているとクレジットカードが使えない事にこだわるお客様が多いようです。しかし、クレジットカードを持っていなくても都心ならば少し歩けば普通はコンビニがあるはず。今や各種税金や携帯電話の料金などはコンビニで支払いができる時代。インターネットで買い物をしても、郵便局やコンビニ留めが現金支払いができるため、例えカードが使えなくとも、本来ならば何一つとして不自由はないはずなのです。現金の「顔」をぼかしている格好の例と言えるでしょう。

このように「貸し手の人間性」を極限まで薄めたものがATMでの融資であり、クレジットカードであり、ネットにおける貸金業なのです。ですので、もし遊興費などでお金を借りたいと望むのであれば、必ず顔の見える相手に頼みましょう。相手の渋い表情を目の当たりにし、場合によっては信頼をも失ってしまう。そのような泥臭いやりとりをしてみれば、お金と言うものの価値が今までよりもずっと大切なものに思えてくるはずです。

ページの一番上へ