債務整理コラム

サンダル御殿と債務整理 (3)

前回の「コラム(1)」にて50万円を借りたときの重みと返すときの重みはまったく異なると述べました。ここにその答えがあります。借金とはそもそもが「何が起こるかわからない」未来の自分からお金を借りてくる行為。最も良い可能性があった未来からお金を借りてきて、結局は思うようにゆかず、最も悪い道のりの未来へと歩んでゆくのですから、苦しいのは当たり前なのです。

お金を借りる人は「このサラ金は金利が安いや」とか「こっちは金利が高いから止めておこう」とか色々と取捨選別しながら借入先を考えますが、それは要するにあなた自身の未来を裁定取引しているに過ぎません。もう一度言いますが、借金とは自分の最も良い未来からお金を借りてきて、最も悪い道のりへと歩んでゆくこと。だからこそ返済に際しては、一ヶ月後・一年後に「あのときああだったら今頃は……」と、良い可能性のあったもう一つの現在を心に思い描いては悲嘆にくれるのです。

一時期サラ金のCMがはやりました。それらのCMでは最後にとってつけたように「ご利用は計画的に」と述べていたのを覚えてますでしょうか。実はこの言葉に大きな真理が含まれていたのです。本来借金と言うものは、借りる際には綿密な計画を立て、その返済計画から少しでも逸脱した場合、即座に軌道修正を図るべきものなのです。

では、軌道修正とは何をすれば良いのでしょうか。それこそが債務整理なのです。断言しますが、債務整理を行って悪いことなど一つもありません。もちろん厳密に言えばクレジットカードが使えなくなったり、しばらくの間借金ができなくなったりはしますが、借金が返せずに人生を棒に振ることと比較すれば、クレジットカードなどどうでも良いものではありませんか。ましてや借金ができなくなることなど、言わずもがなと言うものです。興信所でも雇って洗いざらい調べない限りは人生に瑕疵などは残りません。嘘だと思うのでしたら無料相談にご連絡してみてください。無料相談そのものは多くの債務整理専門業者が行っています。すべての業者が異口同音のことを述べるでしょう。

しかし、それでも債務整理に踏み切れない。そんな人もたくさんいらっしゃることでしょう。実は私はその気持ちもわかるのです。

精神科医が書いた有名な投資の書籍で「投資苑」と言うものがあります。投資の世界にも借金と似たような状況が存在し、これは「含み損」と呼ばれます。この書籍において医師は、

 「ある日、アルコール中毒患者を見ていて気づいた。アルコール中毒に陥って職も家族も家も失った患者がこう述べる。『俺はアルコール中毒だから酒量を減らさねば』と。このアルコール中毒と言う言葉を『含み損』と置き換えてみると、我々投資家も彼らと何も変わらないのではなかろうか」

と言った趣旨のことを述べています。

少々わかりにくいでしょうか。アルコール中毒患者と言うものは、一滴でもお酒を飲めばずるずるとまた飲み続けてしまうもの。本来はお酒をきっぱりと止めなければならないのです。しかしアルコール中毒患者はいまだ自分でお酒がコントロールできると信じています。そして、これと同様のことは投資のみならず、借金でもあてはまります。自分の力ではどうしようもない借金を心のどこかでまだ「放っておけばなんとかなるのではないか。誰かが助けてくれるのではないか。法の抜け穴をついて逃げられるのではないか」と見ているのではないでしょうか。はっきり申し上げましょう。どうにもなりません。ただただ利息が膨らんでゆくのを待つばかりなのです。

借金を返済するかどうかは自分の心ひとつです。債務整理もそれは同様です。借金の金額が一万円だろうと百万円だろうとそれはあくまでも数字の問題。現実の世界は何も変わりません。「まだ何とかなる」から「もうどうしようもない」に変わってゆくのは債務者の感情の問題なのです。

しかし、その苦しみの中でけして現実から逃げることなく、債務整理と言う手段を取った人には十二分に再起の望みがあります。繰り返しますが傲慢な人は債務整理をしません。債務整理と言うと「借金をチャラにする」と言うイメージをもたれがちですが、真実を知っている私から見れば、彼らは「勇気を出して自分の過去と戦える」ほんの一握りの立派な人たちです。今の自分と言うものが分かっており、謙虚さを身につけた成熟した人たちだけなのです。だからこそ「今の自分の価値」を把握している人であれば、そして債務整理を行ってマイナスをゼロに戻す勇気がある人であれば、やがてその人は、誰もが羨む成功者の土地「サンダル御殿」に行きつけると私は確信しているのです。

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